高田よしかず県議2011年1年のあゆみ

2011年、決して忘れることのできない1年。

ちょうど1年前の今頃、新春のつどいはどの会場も「こんどこそ高田さんを県会へ」との決意と活気に満ちた1年の幕開けでした。

 

3月、坂田会館での大演説会。直後に起きた東日本大震災。被災地と心を一つにした救援・復興の活動にとりくみながらの選挙戦。党派を超えた多くのみなさんのお力で、定数2で8年ぶりに議席奪還という嬉しい結果を得ることができました。「こんどこそ、なんとしても」という思いが幾重にも重なり、日に日に力強いものとなり、「今度ばかりは必死でがんばったよ」とひとりひとりが持てる力を発揮してくださったおかげです。

 

 どこに行っても満面の笑みで迎えて下さる皆さんの姿に、松坂さんとそろっての当選が、大きな喜びとなって広がっていることを実感するとともに、寄せられる期待の大きさに背筋の伸びる思いでした。

 

 5月新しい県議団を中心に被災地岩手県へのボランティア。皆さんから寄せて頂いた支援物資をトラックいっぱいに積み込んでの現地での活動。この活動報告がのちに「高田よしかず通信」の毎週発行へとつながりました。

 

 6月議会を前にして、関西電力本社や県知事に「原発ゼロ」を求める申し入れ。

 そして8年ぶりに登壇した6月議会一般質問には、地元を中心として67名が傍聴に駆けつけて下さり、「わしらの思てることよう言うてくれた。高田県議のほんまの値打ちがようわかった」とおっしゃって頂きました。

 

 その後は、この県政報告をかねてのつどいを頻繁に開催し、ここ数年ずっと続けてきたこのつどいの経験は和歌山市で報告会も開かれました。

 

 8月、ブログを通じて知り合い、ピースフェスタではじめて出会うことのできた放射能の危険を心配する若いお母さんたちとのつどいも実現。子どもたちの未来のために共にがんばろう、とその後も力を発揮され、新たなつながりにおおいに励まされています。

 

 9月議会の準備をしていた矢先に起きた、台風12号災害。ただちに対策本部を設置し、調査・救援の活動に走りまわり、高田県議の車はひと月で5000キロを走行。短縮して開かれた9月議会では、支援の方法を具体的に提案し、県政を大きく動かすことができました。

 

 10月、新装オープンした高田事務所を中心とした日常の生活相談活動を行いながらも、ひきつづき、被災地支援の活動に奔走。被災自治体の首長さんたちとの懇談、被災パンフレットを持って一軒一軒の訪問活動。専門家の協力を得ての調査・研究、ボランティアの皆さんと一緒におこなった無料青空市や、なんでも相談会。被災自治体の議員活動交流会、さらに奈良県議団との懇談、年末には那智勝浦の仮設住宅で開かれた支援のもちつき大会にも松坂さんと一緒に参加。ダム問題ではこれも松坂県議とともに国会や九州のダム視察にもでかけました。

実際に被害に会われた方に直接話を聞き、そこから支援・解決の道を探っていく活動。高田県議が当選していて本当に良かった、高田県議の力をあらためて実感したものです。

 

 その間も、つどいは欠かすことなく積み重ね、みなさんの声に耳を傾け、12月議会では子育て中の皆さんの強い要望でもある学校給食の放射能検査の実施についても質問しました。

 

 とにかく走り続けたこの1年。そんな中でも自身の健康管理を怠ることなく、ジュニア駅伝めざしてがんばる子どもたちとの練習に励んでいます。

 

 そして迎えた2012年、新しい年。新春の街宣で意気高く、スタート。今年こそ希望のもてる年にと、4人の県議団、田辺・西牟婁を中心とする地方議員団の皆さん、そして後援会や地域の皆さんと力あわせて元気いっぱいがんばっています。

 

 今年90周年を迎える日本共産党。その歴史に学び、新たな歴史を築いていく。そして何よりも住民の皆さんの声をしっかりと政治に届ける、政治を動かす確かな力、日本共産党の高田よしかず県議と支えて下さる皆さんの活動をこれからもお伝えしてまいりますので、今後ともご支援よろしくお願い申し上げます。

 

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